2001年07月27日

因幡 正代
ゲノム創薬-開発の動向

 2000年6月、米国のクリントン元大統領と英国のブレア首相によってヒトゲノムのドラフトシークエンシングプロジェクトの終結が宣言された。このプロジェクトによって、ヒトゲノムの85%に相当する配列データが決定された。このことにより医薬品業界では、ゲノム情報をもとに医薬品を作り出すゲノム創薬時代への突入が本格化してきた。ゲノム創薬では、塩基配列から特定の遺伝子を探し出し、その遺伝子がいつどこでどんな働きをしているかを解明し、その遺伝子に関連する分子を創薬の標的にすえる。そして、その関連分子を標的にした医薬品を研究開発していく。このようにゲノム情報から薬を理論的に創ることから、ゲノム創薬は従来の医薬品開発に比べ、有効性、安全性の高い医薬品が生まれると期待されている。

 国内大手製薬会社は、自社によるゲノム情報を活用した研究開発に力を入れるとともに、バイオベンチャー企業との提携を活発化させている。これは、ゲノム創薬には、従来の医薬品開発手法とは異なるアプローチでの開発技術や情報が必要であり、自社だけの技術や要員だけで対応するには困難であるからである。提携先分野としては、現在、遺伝子の探索やその機能解明により創薬標的分子を同定しようとするゲノム創薬の活発化を受け、新規遺伝子探索、機能解明、創薬標的分子同定に関連する企業との提携が増えている。

 このような状況の中、国内製薬最大手の武田薬品工業は、米バイオベンチャーのセレラ・ジェノミクスと提携し、抗肥満薬の開発に成功し、ゲノム創薬としては世界初の実用化を目指している。同社が注目したのは、メラニン凝集ホルモン(malanin-concentrating hormone, MCH)という生理活性物質の一種である。MCHは、1983年北里大学水産学部の川内浩司教授らによって、サケの脳下垂体から発見された神経ペプチドで、哺乳類での生理作用は長らく不明であったが、Maratos-Flierらによって、MCHは重要な中枢性食欲刺激因子であることが証明された。

 一般に、細胞にはレセプターと呼ばれる情報の受け皿があり、このレセプターに特定の刺激因子であるリガンドが結合して初めて細胞内に刺激が伝わり、血圧上昇や炎症反応など様々な生理現象が引き起こされる。リガンドとレセプターは、かぎとかぎ穴の関係で、かぎ穴をふさぐ「ふた」となる化合物を見つければ、それが治療薬の開発につながるというのである。

 武田の場合、MCH(リガンド)に対応する未知の受容体SLC1(レセプター)を、提携先のセレラ・ジェノミクスから買ったゲノム情報をもとに、バイオとIT(情報技術)が融合したバイオインフォマティクス(生命情報工学)の技術を使って見つけた。さらにSLC1と結合する候補化合物を、自社のケミカルライブラリーから探し出した。マウスを用いた動物実験によると、SLC1の発現を命令する遺伝子の働きを抑制したところ、マウスの体重が2、3割減少し、SLC1が肥満につながるレセプターである事が確認された。また、発見された化合物(ビフェニリルアミド誘導体)をマウスに経口投与し、さらに脳内にMCHを投与してもエサを食べようとせず、「摂食高進作用をほぼ完全に抑制できた」とされている。

 このように、ゲノム創薬への積極的な取り組みが本格化しており、多くの製薬会社が研究開発の絞り込み、ベンチャー企業との提携、外部委託などの研究開発効率化、戦略見直しなどを進め、将来の生き残りをかけている。


以 上


表1 製薬各会社のバイオベンチャー企業等とのおもな提携状況
(表は、各社の発表を元に作成したものである。2000年1月から2001年6月までの状況をまとめた)

発表月 企業 提携先企業 国籍 内容
2000年
1月
キリンビール メダレックス社 米国 ヒト抗体産生マウス事業
2000年
1月
キッセイ薬品 ソナプティック社 米国 Gタンパク質共役型受容体遺伝子の発見、機能解析(腎臓対象)
2000年
1月
塩野義製薬 クォーク・バイオテック社 米国 変形性関節症関連遺伝子の発見、特定、機能解析
2000年
1月
藤沢薬品工業 アリーナ・ファーマシューティカルズ社 米国 中枢神経変性疾患領域での新規薬物創製(Gタンパク質共役型受容体)
2000年
2月
三共 メタベーシス社 米国 糖尿病治療薬(糖新生阻害剤)の共同研究を1年延長
2000年
2月
藤沢薬品工業 プロテイン・デザイン・ラブ社 米国 免疫・炎症領域でのヒト化抗体の作成、開発、ライセンス契約
2000年
2月
大正製薬 エピジェネシス 米国 喘息治療薬EPI-2010の導入、共同開発
2000年
3月
大正製薬 インスメッド社 米国 2型糖尿病、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)治療薬INS-1の開発、販売
2000年
3月
武田薬品工業 セレラ・ジェノミクス 米国 ゲノム情報データベースの使用
2000年
5月
第一製薬 サイド・ファーマスーティカルズ・インク 米国 薬剤排出ポンプ阻害薬の研究委託
2000年
5月
扶桑薬品工業 メディノックス社 米国 敗血症治療薬NOX-100の開発、販売
2000年
6月
富山化学工業 マイコロジックス社 米国 真菌特異的新規タンパク質をターゲットとした真菌感染症治療薬の共同研究
2000年
6月
大正製薬 アリーナ社 米国 新規薬物創出のための共同研究(Gタンパク質共役型受容体)
2000年
6月
小野薬品工業 キュラジェン社 米国 遺伝子解析技術を利用するための研究
2000年
6月
大正製薬 アイデック・ファーマシューティカルズ社 米国 抗MIF抗体(炎症、免疫関連疾患治療用抗体)の共同開発
2000年
6月
山之内製薬 グラクソ・ウェルカム社など 創薬標的遺伝子探索の共同研究を開始
2000年
7月
富山化学工業 ハンター・フレミング社 米国 ハンター社所有の化合物の、日本での開発、販売の優先的選択権
2000年
7月
大正製薬 ニューロクライン・バイオサイエンス社 米国 1型糖尿病治療薬NBI-6024の共同開発
2000年
9月
大正製薬 フェリン社 米国 鼻腔内器官作動薬の研究、オプション契約
2000年
9月
キリンビール インスパイア社 米国 肺疾患診断補助剤INS316の開発、販売
2000年
10月
第一製薬 セレスター・レキシコ・サイエンシズ社 日本 「遺伝子機能予測プログラム」を活用したゲノム創薬共同研究
2000年
11月
小野薬品工業 シェリング・プラウ社 米国 気管支喘息治療剤ロイコトリエン拮抗剤プランルカストの開発、販売
2000年
12月
大正製薬 ヤンセン・ファーマシューティカ社 ベルギー 新規CRF受容体拮抗薬の共同研究、開発
2001年
1月
第一製薬 メドジーン・バイオサイエンス社 日本 末梢動脈疾患治療薬としてHGF(肝細胞増殖因子)遺伝子医薬品の販売
2001年
2月
大正製薬 アリーナ社 米国 CART技術を用いたGタンパク質共役型受容体の共同研究
2001年
3月
キリンビール ヘマテック社 米国 ヒト抗体産生ウシの共同開発
2001年
3月
大正製薬 アリーナ社 米国 CART技術を用いたリード化合物スクリーニング等の共同開発
2001年
3月
小野薬品工業 日立製作所 日本 タンパク質機能解析の共同研究
2001年
5月
山之内製薬 日立製作所 米国 ゲノム分野での先端技術の共同開発
2001年
6月
キリンビール コリクサ社 米国 TCマウス(ヒト抗体産生マウス)の技術提供

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