2001年10月15日

因幡 正代
プリオン病-1

 日本におけるウシ海綿状脳症(BSE:狂牛病)の発生が9月10日に発表され、このところウシ海綿状脳症関連ニュースを耳にしない日がないほどである。今回は、2回にわけて、最近話題になっているプリオン病に焦点をおいて解説したい。

概念
 18世紀頃から、ヨーロッパを中心にスクレイピーという羊の病気が流行し、畜産業界に大きな被害を及ぼしてきた。発病した羊は神経が冒され、激しいかゆみのために身体を柵などに擦りつけて毛が抜けるというのが特徴である。スクレイピーとは、この"擦る(scrape)"に由来する。
 発病した羊の脳乳剤(脳をすりつぶしたような物)を健康な羊の脳に接種するとこの病気が伝達されることは、1930年代にすでに明らかにされていた。一方、ニューギニア原住民の間で起きていた神経疾患・クールーの病状が、羊のスクレイピーに極めて良く似ていることから、クールー患者の脳乳剤をチンパンジーに接種するという実験が1960年代に行われ、この病気がスクレイピーと同様、伝達性であることが証明された。さらに、同様の病変を示すクロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt Jakob disease: CJD)もチンパンジーをはじめ種々のサル類に伝達できることが証明された。なお、クールーは、現在ではCJDが、人食いの儀式を通じて広がっていたものとみなされている。
 スクレイピーやCJDの病原体は、従来のウィルスや細菌と異なり、高圧蒸気滅菌、紫外線照射、ホルマリン処理などに極めて高い抵抗性を示す。また、発病した動物では抗体がみつからず、その為、ウィルスや細菌などの微生物のような血清反応による病原体の検出もできない。このような奇妙な性質から、その本体は長い間なぞであった。
 1980年代、カリフォルニア大学のプルシナーは、病原体の本体が核酸をもたない感染性の蛋白粒子(Proteinaceous infectious particle: prion)であるというプリオン説を提唱したが、当時はこの説に対して猛烈な反発があった。その後、プリオン説を支える成績が続々と発表され、その結果、当初は特殊なウイルス疾患のひとつとみなされていたこれらの病気が、異常プリオンの蓄積によるという新しいタイプの疾患・プリオン病と呼ばれるようになった。

プリオン蛋白
プリオン蛋白をコードする遺伝子は、ヒトでは第20番染色体に存在する。プリオン蛋白は多くの組織、特に脳に発現しており、細胞膜に結合して存在する。プリオン蛋白の機能はまだほとんど分かっていないが、ごく最近、運動を支配する神経細胞の維持や、睡眠調節にかかわっているらしいという成績が発表されている。
 正常プリオンの立体構造が何かのきっかけで変化して、異常プリオンに変わり、また、外から異常プリオンが接種されると、その異常プリオンは正常プリオンに働いて、それを異常プリオンに変化させる。その結果、異常プリオンがねずみ算式に増加する。異常プリオンは本体がタンパク質であるにも関わらず、蛋白質分解酵素で分解されにくい性質を持っており、神経細胞内に蓄積する。その結果、神経細胞に空胞ができ、顕微鏡でみると海綿状にみえることから、海綿状脳症という名前で呼ばれている。

プリオン病の種類
 プリオン病には、羊のスクレイピーの他、スクレイピーがミンクに広がった伝達性ミンク脳症、牛に広がったウシ海綿状脳症(狂牛病)がある。人ではCJDとクールーの他に、家族性CJD、致死性家族性不眠症がある。
 ヒトのプリオン病では、そのほとんどがCJDである。これには、3つのタイプがあり、孤発性(85%)、家族性(15%)、医原性(1%以下)に分けられる。 
 孤発性CJDは、全世界でほぼ100万人に一人という頻度でおこり50〜60歳前後に多く、発病の原因は全くわかっていない。家族性CJDはプリオン遺伝子に遺伝的変異のある家系でおこる。一方、医原性CJDは医療行為(CJD患者に由来する硬膜や角膜の移植や成長ホルモンの投与など)により感染するものである。



図:プリオンタンパクの電子顕微鏡写真
図:プリオンタンパクの電子顕微鏡写真

 正常なヒトや動物の細胞膜にも微量のプリオン蛋白があるが、異常プリオン蛋白とは立体構造が異なり、また感染性はない。
 正常プリオン蛋白に感染性プリオン蛋白分子が作用すると、正常プリオン蛋白は異常プリオン蛋白分子に変わる。感染性プリオン蛋白が生産され、増加する科学的機序についてはいまだ不明であるが、感染性プリオン蛋白が増えたプリオン病の個体にプリオンに対する免疫反応が起こらないのは、異常プリオン蛋白と正常プリオン蛋白の一次構造が同じであり、抗原決定基も同じである事からプリオン蛋白に対する免疫寛容が宿主個体に成立しているためと考えられている。

以 上


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