3月のマネーサプライ統計が公表になった。
代表的な指標であるM2+CD前年比は前年比+2.1%と、2月(+1.9%)に比べて伸び率を高めた(前月比年率は+5.4%)。
この結果、1−3月期の前期比年率は+2.1%となり、2%台に復帰した(10−12月期は+1.4%)。
さて、重要なことは、こうしたM2+CDの伸びは、名目GDP成長率よりも高いということである。
名目GDP成長率は高々1%程度の伸びしかないからである。
実は、このような傾向(M2+CDの伸び率が名目GDPの伸び率を上回るという傾向)は、ここ7−8年も継続している。
日本経済においては、マネーサプライが経済活動対比で高めの伸びを続けているということなのである。
M2+CD等の広義マネーの伸び率が低いとの議論を耳にすることがあるが、これは絶対水準の議論であり、経済活動との対比でみた場合、広義マネーは十分に供給されていると言える。
あるいは、企業や家計が所得を現金や預金の形で蓄積してきた結果、マネーが経済活動規模に比較して過大・過剰になりつつあるというのが、より適切な評価であろう。
なぜ、企業や個人は、得られた所得を設備投資や住宅投資といった実物投資に回すのではなく、現金や預金の形で保有・蓄積することを選択してきているのであろうか。
言い換えれば、企業や個人の流動性選好はなぜ依然として強いのであろうか。
その答えとしては、引き続き、「デフレ期待と将来の増税懸念が根強いこと」を指摘できよう。
こうした過剰マネーは、1980年代の後半にも存在したが、現在との違いは、当時の過剰マネーが銀行部門の信用創造を背景にしていたものである、ということである。
いわば、マネーの滞留ではなく、信用の過大な創造が当時の過剰マネーの背景であった。
銀行のバランスシートをみれば一目瞭然であるが、1980年代後半のマネーサプライの拡大(過剰マネーの拡大)は、銀行預金と銀行貸出の同時的な拡大の下で生じた。
他方で、足元の過剰流動性は、銀行預金と銀行貸出の間に大きなギャップが存在する下で発生している。
言い換えれば、1980年代後半には、貸出が預金を増加させ、増加した預金が再び貸出を生む、というメカニズムを伴っていた。
典型的な信用創造メカニズムである。
改めて言うまでもないが、足元においては、こうしたメカニズムが働いていない。
銀行は、受け入れた預金を主として国債投資に振り向けているが、政府の活動によって新たな預金や貸出の創造が行われているわけではない。
問題なのは、最近の政府の資金需要が、主として国債償還や社会保障費支出など広い意味での一時金支払いを背景にしたものであるということである。
政府に供与された信用は、乗数効果を持つ投資活動に充てられているわけではない。
さらに言えば、銀行が預金受け入れを通じて得ている流動性のかなりの部分は日銀当座預金に滞留し、いわば「死に金」となっていることも見逃してはならない。
このように、足元では、経済における過剰マネーが空回りしていると言える。
世界景気の鈍化が視野に入りつつある状況下、過剰マネーの空回り状態を是正し、マネーの景気浮揚効果を高めることが求められている。
すなわち、銀行が集めた預金(あるいは集まってしまう預金)を、政府向けや日銀向けの与信から、広い意味での民間向け与信に振り向けさせる政策を採ることが必要であろう。
国内における信用創造の回復こそが、日本経済が世界経済からディカップリングする必要条件であるからである。
そうした政策には2つの構成要素があると考えられる。
1つは、日銀による中長期国債買い切りオペの大幅拡大である。
これによって、国債のイールドカーブを一段とフラット化させることができれば、銀行による信用リスク・テークのインセンティブは高まることになるだろう。
10年国債利回りとオーバーナイト・コールレートのスプレッドの1998年以降における平均は130−140ベーシスであり、これを十分に下回るようなスプレッドを持続的に実現させることで、銀行の国債投資意欲を減退させることが必要であろう。
なお、輪番オペ増額により、銀行券ルールに抵触する可能性が出てきた場合は、日銀は、同ルールを柔軟に見直す必要があろう。
第2には、当座預金残高目標政策の放棄である。
当座預金残高目標政策の1つの大きな弊害は、日銀と民間銀行(民間金融機関)の間に、「一定の当座預金残高を維持する」という暗黙の契約関係ができてしまうことである。
民間金融機関にとって、利子を全く生まない日銀当座預金への資金運用は利益機会の喪失であるにもかかわらず、それが維持されているのは、日銀との間で暗黙の契約関係が成立しているからに他ならない。
そうであれば、民間銀行に多額の当座預金保有を要請するような現下の政策は早い段階で放棄すべきであろう。
具体的には、日銀は、当座預金残高が6−7兆円(オーバーナイト・コールレートが実質ゼロ%を維持できる最低レベル)を下回らないことにのみコミットすれば十分である。
さらに、当座預金残高目標政策を放棄するに当たっては、消費者物価前年比の誘導目標を「ゼロ%超」とすることも必要であろう。
これは、同物価の動きが中長期国債買い切りオペ増額の足枷とならないようにするためだ。
物価目標を引き上げると同時に、中長期国債買い切りオペ拡大によって、中長期ゾーンの金利水準を引き下げることができれば、民間銀行は、徐々に、信用リスク・テークを加速させるであろう。
こうした政策は、実質金利低下を通じて資産価格・不動産価格を上昇させ、それが担保価値の増加等を通じて、銀行の信用創造を活性化させる。
民間企業はキャッシュ・リッチであり、銀行がいくら民間信用リスク・テークに前向きになっても資金需要が弱ければ信用創造は拡大しない、との議論もある。
しかし、日銀短観によれば、中小企業による金融機関の貸出態度判断DIは、1988−1989年に比べて、「緩い超」幅がかなり小さい。
銀行の中小企業に対する貸出態度は十分には緩和されておらず、中小企業の資金需要の一部はアンダーファンディングとなっている可能性がある。
従って、銀行による貸出リスク・テークの拡大は意味がないわけではない。
3月短観で製造業の業況判断DIが悪化したこと、株価の頭打ち感が強まっていること等を背景に、日銀による当座預金残高目標削減の可能性は遠のいた。
しかし、金融政策が現状維持となるだけでは不十分である。
上記で論じたように、日銀は、銀行部門の過剰流動性が国債市場に滞留することなく、より広く民間部門に回るような政策を採らなくてはならない。
そうした政策は、時間差を伴って、企業や家計のデフレ期待や増税懸念を緩和し、彼らの過度な流動性選好を弱めるだろう。
さらに、マネーサプライは、銀行の信用仲介機能回復の下で拡大を始めるだろう。
まさに1980年代後半にみられた信用創造型のマネー供給メカニズムの復活である。
実質金利の低下にはっきりとコミットするような新たな政策が採られることが、日本経済の中期見通し上方修正の重要な条件になる。